介護福祉士 第30回(平成29年)受験資格~変更点はここだ!

第29回(平成28年)試験から介護福祉士国家試験の受験資格が変更になりました。それまでは、従業期間が3年(1,095日)以上かつ従業日数540日以上があれば、介護福祉士の試験を受験することができていましたが、第29回(平成28年)の試験からは、以下のように変更になりました。

なお、受験資格は、国籍、性別、年齢、学歴等の制約はありません。
また、受験申し込み時に実務経験を満たしていなくても、試験実施年度の3月31日までに従業期間・従事日数が上記の日数以上となる見込みの者は「実務経験見込み」として受験することができる。

実務経験の対象となる施設

次に掲げる「施設・事業」において「介護等の業務に従事したと認められる職種」欄に該当する方(主たる業務が介護等の業務である方)が在職期間が3年(1,095日)以上、かつ従業日数540日以上(在職期間には、「産休、育休、病休」等の休職期間が含まれます)ある者が介護福祉士の受験資格の対象となります。

※年次有給休暇、特別休暇、出張、研修等により実際に介護業務に従事しなかった日数を除きます(1日の勤務時間は問わない)。

それぞれの分野をクリックすると、詳細ページ(社会福祉振興・試験センター)に移動しますので各自ご覧になって確認してください。

1 児童分野
2 障害者分野
3 高齢者分野
4 その他の分野
5 介護等の便宜を供与する事業

新たに義務付けられた実務者研修

第29回(平成28年)の介護福祉士国家試験から、実務経験3年以上に加えて「実務者研修」の修了が受験資格に義務付けられました。この場合は、「実技試験免除」となります。

従って、3年以上の実務経験+実務者研修の終了が「受験資格」として変更になりました。

実務者研修

1 介護福祉士受験資格になる
2 サービス提供責任者として活躍できる
3 痰の吸引や経官栄養の方法など医療的ケアを身につけることができる

実務者研修に受講資格はありません。修了試験なし。

実務者研修の受講時間数

実務者研修は、現に持っている資格により免除科目があり、受講時間も異なります。

無資格
  450時間+医療的ケア講義・演習16時間
介護職員基礎研修修了者
  50時間+医療的ケア講義・演習16時間
ホームヘルパー1級修了者
  95時間+医療的ケア講義・演習16時間
ホームヘルパー2級修了者
  320時間+医療的ケア講義・演習16時間
介護職員初任者研修修了者
  320時間+医療的ケア講義・演習16時間

実務者研修講座(一部)

実務者研修を調べてみると、全国ありとあらゆる所でやっていて、カリキュラムは一緒なので授業時間は同じですが、通学なのか、通信なのか、日中なにか、夜間なのか、受講料もピンからキリまであるようです。
ご自分の生活リズムに合った学校を見つけてみましょう。

三幸福祉カレッジ:【最短通学6日間】実務者研修 31,000円~
ニチイ:介護福祉士実務者研修 52,389円〜
東北福祉カレッジ:実務者研修【東京校】 20,000円〜
クリエ福祉アカデミー:実務者研修講座 29,000円〜
東京YMCA医療福祉専門学校:介護福祉士実務者研修 27,778円〜
みらいケアスタッフ養成スクール:実務者研修 18,149円〜
第一学院専門カレッジ:実務者研修 30,000円〜

参考:ケア資格ナビ

まとめ

私が受験した時には、実務経験3年で受験資格を得ることができましたが、4月入職だったので試験日までには実に、3年と8カ月の時間を要しました。しかし、介護の仕事を始めた時には、介護福祉士の資格を絶対に取ってやる!と、3年8カ月をどう過ごしていくのかということも計画を立て、目標に向かっていました。

第30回(平成29年)に介護福祉士の国家試験を受験させる方は、大変だな~!と感じています。受験勉強をするためにテキストや参考書を購入し、受験対策講座などへも行って出費するのに加えて、実務者研修でさらに時間とお金が掛かってしまいます。

介護福祉士の資格を取ったからと言って、お給料がそんなに上がるわけでもないのに、それでも介護福祉士の資格を取りたいと思っているあなた!1年に1回の試験なので、絶対に1回で合格できるようにしっかりと勉強していきましょう。

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介護福祉士 「医療的ケア」合格対策

第29回(平成28年)の介護福祉士国家試験から「医療的ケア」の科目が増えました。
「医療的ケア」の問題は5問出題されます。

出題方法は、第30回も同様になると思う。

医療的ケア実施の基礎(1問
喀痰吸引(2問
経管栄養(2問

第109問
第110問
第111問
第112問
第113問

第29回過去問はこちら!

合格するための裏技

医療的ケア実施の基礎(1問)を捨てる。
喀痰吸引(2問)と経管栄養(2問)で確実に点数を取る。

対象となる医療行為

痰の吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)
経管栄養(胃ろう、腸ろう、経鼻経管栄養)
※受講した研修等により、実施可能な行為は異なります。

医療行為は誰が行える?

医師の指示、看護師等との連携の下において、
1 介護福祉士(平成27年度(平成28年1月の国家試験合格者)以降が対象)
2 介護職員等であって、一定の研修を修了した者。
(ホームヘルパー等の介護職員、上記以外の介護福祉士、特別支援学校教員等)

医療行為を行える介護職員

平成24年4月から、「社会福祉士及び介護福祉士法」の改正により、介護福祉士及び一定の研修を受けた介護職員等においては、医療や看護との連携による安全確保が図られていること等、一定の条件の下で『たんの吸引等』の行為を実施できることになりました。

介護福祉士や実務者研修の資格を取得している場合でも、医療行為を行うためには「喀痰吸引等研修」の修了が必須。

勤務先が都道府県知事に「登録喀痰吸引等事業者」または「登録特定行為事業者」として登録されていなければ、医療行為を行うことができない。

社会福祉士及び介護福祉士法

第2条第2項
この法律において「介護福祉士」とは、第四十二条第一項の登録を受け、介護福祉士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、身体上又は精神上の障害があることにより日常生活を営むのに支障がある者につき心身の状況に応じた介護(喀痰吸引その他のその者が日常生活を営むのに必要な行為であつて、医師の指示の下に行われるもの(厚生労働省令で定めるものに限る。以下「喀痰吸引等」という。)を含む。)を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護に関する指導を行うこと(以下「介護等」という。)を業とする者をいう。

参考:介護職員等による喀痰吸引等(PDF)

第29回介護福祉士国家試験 目次

第29回介護福祉士国家試験 過去問題

人間の尊厳と自立

人間関係とコミュニケーション

社会の理解

介護の基本

コミュニケーション技術

生活支援技術

介護過程

発達と老化の理解

認知症の理解

障害の理解

こころとからだのしくみ

医療的ケア

総合問題

介護福祉士試験の過去に出題された社会福祉に貢献した人物(日本人)

介護福祉士試験の過去問に出てくる人物

糸賀一雄—知的障害児施設の近江学園—「この子らを世の光に」
留岡幸助—感化院—北海道家庭学校の創始者
山室軍平—救世軍の創設—廃娼運動や禁酒運動
石井十次—「岡山孤児院」を創設
石井亮一—「滝乃川学園」を創設
生江孝之—「社会事業の父」— 『社会事業綱領』の著書
笠井信一—民生委員制度のもと—「済世顧問制度」を創設
横山源之助—社会調査—『日本之下層社会』
井上友一—子供を対象とした感化救済事業を推進

糸賀一雄

問題
糸賀一雄は近江学園の設立者であり、「この子 らを世の光に」と唱えた言葉は有名である。

糸賀一雄(いとが かずお、1914年3月29日 – 1968年9月18日)は、日本の社会福祉の実践家である。知的障害のある子どもたちの福祉と教育に一生を捧げた。日本の障害者福祉を切り開いた第一人者として知られ、「社会福祉の父」とも呼ばれる。その思想を自身が語ったものとして書籍『福祉の思想』(NHK出版)がある。

糸賀一雄—知的障害児施設の近江学園—「この子らを世の光に」

留岡幸助

問題
留岡幸助は日本の社会福祉の先駆者で、感化院(現在の児童自立支援施設)教育を実践。北海道家庭学校の創始者として知られる。

留岡幸助(とめおか こうすけ、1864年4月9日(元治元年3月4日) – 1934年(昭和9年)2月5日)は、日本の社会福祉の先駆者で、感化院(現在の児童自立支援施設のこと)教育の実践家。東京家庭学校、北海道家庭学校の創始者として知られる。石井十次、アリス・ペティ・アダムス、山室軍平とともに「岡山四聖人」と呼ばれる。

留岡幸助—感化院—北海道家庭学校の創始者

山室軍平

問題
山室軍平は救世軍の創設にかかわり,廃娼運動や禁酒運動などの活動に貢献した。

山室軍平(やまむろ ぐんぺい、1872年9月1日(明治5年7月29日戸籍上は8月20日) – 1940年(昭和15年)3月13日)は日本の宗教家。説教者。日本人初の救世軍士官[2](=牧師)で日本人初の日本軍国司令官(「日本軍国初代司令官」ではない[3])。最終階級は中将。岡山県阿哲郡哲多町(現在の新見市)生まれ。石井十次、アリス・ペティ・アダムス、留岡幸助とともに「岡山四聖人」と呼ばれる。

山室軍平—救世軍の創設—廃娼運動や禁酒運動

石井十次 石井亮一

問題
石井十次は日本で最初の「岡山孤児院」を創設して、生涯を孤児救済に捧げた。
また石井亮一は日本で最初の障害児施設である「滝乃川学園」を創設した。

石井十次(いしい じゅうじ、1865年5月5日(慶応元年4月11日) – 1914年(大正3年)1月30日)は、明治期の慈善事業家で、岡山孤児院を創設した人物である。その功績から、「児童福祉の父」と言われる。アリス・ペティ・アダムス、留岡幸助、山室軍平とともに「岡山四聖人」と称される。
彼は岡山で医師を目指して、岡山医学校(現在の岡山大学医学部)の医学生として研修中であったが、ある孤児を引き取ったことを経緯に、信仰的覚醒から孤児事業に専念するために医師として働くことを断念した。そして英国のキリスト者のジョージ・ミュラーをモデルにして、キリスト教信仰に根ざした岡山孤児院を創設して、生涯を孤児救済に捧げた。岡山孤児院はすでに存在しないが、その流れをくむ石井記念友愛社(宮崎県)と石井記念愛染園(大阪府)が、各種の福祉活動をおこなっている。

石井十次—「岡山孤児院」を創設

石井亮一(いしい りょういち、慶応3年5月25日(1867年6月27日) – 昭和12年(1937年)6月14日)は、明治時代から昭和時代初期にかけての心理学者・教育学者・社会事業家。日本における知的障害者福祉・教育の創始者であり、社会福祉法人滝乃川学園、公益財団法人日本知的障害者福祉協会の創設者である。日本の「知的障害者教育・福祉の父」と呼ばれ、日本のみならず世界的に有名である。

石井亮一—「滝乃川学園」を創設

生江孝之

問題
生江孝之は「社会事業の父」とよばれている。 『社会事業綱領』の著書がある。

生江孝之(なまえ たかゆき、1867年12月7日(慶応3年11月12日) – 1957年(昭和32年)7月31日)は、日本の事業家、宗教家、大学教授。「昭和社会事業史への証言」(吉田久一・一番ヶ瀬泰子著)において「日本社会事業の父」と称されたとの記述がある。

生江孝之—「社会事業の父」— 『社会事業綱領』の著書

笠井信一

問題
岡山県知事の笠井信一は現在の民生委員制度の基礎となった「済世顧問制度」を創設した。

済世顧問制度(さいせいこもんせいど)は、地域の貧民の相談にのる防貧制度。1917年(大正6年)5月、当事の岡山県知事笠井信一が県内の貧困者の実情に鑑みてドイツのエルバーフェルト市の救貧委員制度、エルバーフェルト・システム(英語版)を参考に作ったもの。今日の民生委員の先駆のようなものである

笠井信一—民生委員制度のもと—「済世顧問制度」を創設

横山源之助

問題
横山源之助は明治期に活躍したジャーナリストで 代表作「日本の下層社会」という著書がある。

横山源之助(よこやま げんのすけ、1871年4月10日(明治4年2月2日) – 1915年(大正4年)6月3日)は、1894年、毎日新聞社(旧横浜毎日新聞、現在の毎日新聞とは無関係)に記者として入社。下層社会のルポルタージュを中心に活動をするようになる。この頃、下層社会の女性の救済を訴える立場から、晩年の樋口一葉のもとを何度か訪ね、親交を結んだ。1896年から翌年にかけて、桐生足利、郷里魚津、阪神地方の調査を実施。帰京後、労働組合期成会に関与して、高野房太郎、片山潜を知る。1899年、『日本之下層社会』、『内地雑居後之日本』を相次いで刊行。

横山源之助—社会調査—『日本之下層社会』

井上友一

問題
井上友一は内務官僚として感化救済事業を推進した。

井上友一(いのうえ ともいち、明治4年4月10日(1871年5月28日) – 大正8年(1919年)6月12日)は、東京府知事を務めた、地方行政を専門とした内務官僚。号は明府。弟に、陸軍中将・井上一次。救済事業の精神は、救貧より防貧、さらに教化が重要であると考え、感化救済事業や地方改良運動などを推進した。

井上友一—子供を対象とした感化救済事業を推進